行動学会 MailNews (265) November 13 2018 行動学会 MailNews は日本動物行動学会の会員向けに不定期に発行されるメール マガジンです。 ******************************************************************           CONTENTS * ISBE 2018参加報告 長谷川克(総合研究大学院大学・特別研究員) * ISBE奇譚(大会印象記) 大崎遥花(九州大学システム生命科学府一貫制博士課程2年) ****************************************************************** * ISBE 2018参加報告 長谷川克(総合研究大学院大学・特別研究員) 2018年8月11日から6日間、アメリカのミネソタ州ミネアポリスコンベンション センターで開かれた国際行動生態学会(ISBE 2018)に参加してきました。初日 は空港からの列車が運休で戸惑いましたが、Opening socialまでには会場入りし、 最終日のClosing socialまで全日程を楽しむことができました。  学会には日本からの参加者も多く、出発の成田空港から既に知っている顔が見 受けられました。同じ研究室出身の高橋祐磨さん(現千葉大学)とも偶然遭遇し て学会のことや研究のことなど伺えたため、学会に向けて自然とモチベーション を高められたように思います。気持ちが入りすぎたのか飛行機では一睡もできず、 学会会場では顔見知りに顔色の悪さを心配される始末でしたが、翌日以降は普段 使わない英語脳をフル回転させ、また会場内を無駄にうろうろしていたこともあ って毎晩泥のように眠れたので、本会議はすっきりした気分で参加できました。 日本からの参加者の中には会期中ずっと時差ぼけに悩まされた人も多かったよう で、初日に復活できた僕はまだ良いほうだったのかもしれません。  本会議中は朝8時半からプレナリートーク2連続、そのあと夕方6時までずっ と口頭発表というハードな構成になっていて、途中適時コーヒーブレイクが挟ま れています。専門的な話を英語でずっと聞いていると神経がもちませんので、 コーヒーブレイクは脳と気持ちを落ち着けるのに役立ちました。学会によっては この時にパンやビスケットが出たりするのですが、今回の学会ではそういったも のは出ませんでした。糖分も摂取したいところでしたが、食べ過ぎて眠くなって もいけないので、これでよかったのかもしれません。どのみち食事がアメリカン サイズなので、空腹に悩まされることもありませんでした(ちなみに、食事は日 本人同士連れ立って行けたので、レストランでの英語問題にも悩まされず、普段 交流のない分野の研究者ともよく話ができてよかったです)。  学会会場では、かつてご指導いただいたKevin McGrawさん(Arizona State University)と研究室の面々にも遭遇し、少しだけ話ができました。2年前に会 っているはずなのに、白髪が増えていたりして月日の経過を認めざるをえません でした。かつての学生も自分の研究室を構えていたりして、諸行無常を感じてし まいます。自分自身はここ10年ずっと変わらず、学生気分で過ごしているので口 惜しいところもありました。あまり海外の方とはお話しできず(=英語が通じ ず)、少し残念でしたが、たまたまエクスカーションでお話ししたAlok Bangさ ん(Indian Inst. of Science Education and Research)のアリのアリー効果の 研究など聴きに行ってみると、自分がこれまで関係してこなかった領域というか、 違う切り口の話を聴けたりして興味深く感じました。たまたま聴いたLisa Taylorさん(University of Florida)の蚊取りグモの配偶者選択実験も単純に 面白かったです。自分の研究と共通点の多い発表や、ネットワーク解析や都市化 といった流行りの研究発表を聴くことが多くなってしまったのですが、ちょっと もったいなかったかなと感じています。  自分自身では、カッコウの見た目についての種間比較を本会議初日に発表しま した。2年ぶりの国際学会ということもあって前日にホテルで念入りに練習して いたのですが、深夜に張り切って音読していたために隣部屋の人からドアを叩か れ注意されるという失態まで犯してしまいました。いいかげんにしないといつか 撃たれそうです。その甲斐あってうまく発表できたかといえばもちろんそんなこ とはなく、質疑応答に至っては質問を聞き返しても聞き取れず、当て推量で答え て外してしまい、会場内に微妙な空気が流れてしまいました。さすがに反省し、 現在はYouTubeでフォニックスの動画をひたすら見て、英語の発音と聞き取りを 1から鍛え直しています(人の顔が苦手なので、あいうえおフォニックスをよく 見ています)。  国際学会だけあって質の高い発表も豊富で刺激的だったのですが、今回の学会 は参加人数が少なく、全体的に落ち着いた空気が流れていました。ポスター発表 も前回の3割に満たなかったようです。他の国際学会(International Ornithological Congressなど)と日程が近かったり、観光地に乏しかったりと、 隔年開催の国際学会とはいえ社会的要因に大きく左右されてしまうものなのかも しれません。次回開催地はオーストラリアのメルボルンとのことですので、より 一層の発展を期待して、また参加したいなと思います。 ****************************************************************** ISBE奇譚(大会印象記) 九州大学システム生命科学府一貫制博士課程2年 大崎遥花  ISBE?International Society for Behavioral Ecology?記念すべき人生初の 国際学会は、この夏アメリカはミネアポリスで開催されたISBE2018となった。こ の大会印象記では学会の日程なども紹介し、これから初めて国際学会に行く私の ような学生に参考にしてもらえたらと思っている。  会場となるミネアポリスコンベンションセンターはダウンタウンのはずれにあ るかなり大きな建物で、周囲のあらゆるビルに渡り廊下のような通路で連結して おり、さながら糸を張ってミネアポリスの街に浮かぶ繭のようだ。中に入ると天 井近くに大きなモニターがあり、赤く染め上げたミネアポリスの街のシルエット を背景にハシグロアビ(ミネソタ州の鳥、実に美しい)のイラストが描かれた今 回のISBE2018のロゴがデカデカと表示され、あちこちで光を放っている。もうコ ンベンションセンターはISBE一色だ。来たぞ来たぞという高揚感がじわじわと押 し寄せる。  ポスター発表を申し込んでいたので、早速ポスターを貼りに会場へ足を進めた。 今回の発表では、自分の研究テーマであるクチキゴキブリの雌雄が配偶時に行う 翅の食い合い行動の紹介と、その意義として考えられる仮説群について発表し、 世界の研究者から意見をもらうつもりだ。布に印刷した初めての横長ポスター (縦120×横180ほど。ほぼシーツ。)を貼りながら、思へば遠くへ来にけるかな、 画鋲を見ていたはずが走馬灯が見えだした。  時は遡ること2年前、卒論生だった大崎はやっとの思いで学会デビューを終え たばかり、ポスターの前で湯気が出るほどホヤホヤの学会初心者である。しかし、 研究室で先輩が放った一言が大崎をここに導いた。 「次は国際学会だね」 その時紹介されたのが、何を隠そうこのISBEだ。  先輩本人は本気だったのか冗談半分だったのか、今となっては不明であるが、 阿呆な大崎はその言葉を本気にした。調べてみると、ISBEは偶数年の隔年開催で 2016年大会は既に終了していた。となると、次は2018年。修士2年でどれほどの 発表ができるか見当もつかないが、国際学会なんてかっこいいじゃないか。目標 はゴージャスな方がいい。早速2018年の予定として書きつけた。  季節はめぐり、修士2年になった2018年4月。昨年度の初めに作った年間予定表 にISBEの4文字を発見してはっとした大崎は、おもむろに検索をかけた。そして 信じられない数字を目にする。  「Early-bird の締め切りが3月31日だった…?」  早期申込みで参加費が最も安くなる締め切りをもう過ぎている。なんたること か。  いや待てしばし。何やら4月10日という日付を猛烈に強調しているぞ。 「Early-bird の締め切りが4月10日に延長された…!」  天は我に味方せり!実行委員会バンザイ!  ということで、指導教員に参加を宣言し、急いでTitleとAbstractを作成し、 参加費を振り込んで、日本時間の4月11日にEarly-birdに滑り込んだ。セーフ。  それにしても開催地がアメリカということもあり、参加費、旅費、宿泊費、全 てが本当に高額だ。とても自力では賄えないので、九州大学基金という組織の 「学生の国際会議等参加支援」という制度に申し込み、採択していただいたので、 その援助を受けて参加した。いざとなった時、すぐに助成申請を出せるよう、日 頃から制度のチェックはしておいた方が良いと学んだ。  1日目は夕方からのOpening Social のみで、2日目から本格的に発表が始まる。 ISBEは口頭発表中心で、基本は午前中に招待講演、お昼を挟んで午後に一般の口 頭発表が夕方までビッシリ詰まっている。その合間にコーヒーブレイクが2, 3回 設けられていて、その間はコーヒーが飲み放題。特に午後のブレイクではコー ヒーの他に果肉たっぷりのレモネードが出て、これが時差ボケと英語で疲れた脳 に沁みた。このメニューは会場によって決まっているのだろう。  コーヒーブレイク中は他の研究者と話す絶好の機会である。ISBEはふとした瞬 間に、論文でしか見たことがない大御所研究者が生で目の前を歩いて行ったりす る。Tim Clutton-Brockさんがいると聞いたときは特に感動した。芸能人に会っ たらこんな感覚なのだろう。私はトロント大学でセアカゴケグモ(性的共食いが 特徴的)を研究している学生さんと話すことができ、ゴケグモ談義で盛り上がっ た。他にも話してみたい研究者が何人かいたが、英語でどう切り込んでいけばよ いやら分からず話せずじまいだった。次回の課題である。  他の研究者と話す機会といえば、その他はOpening SocialとClosing Socialで あろう。Closing Socialの参加には事前登録・追加料金が必要なので、国内学会 の懇親会のようなものだ。しかし、最終日の夜開催なので、ここで初対面の人と 仲良くなってもその後がない。Opening Socialは事前登録も追加料金もなしで軽 食が出て、誰でも参加できる。初日なので知り合いを増やすにはいいタイミング であろう。自分以外の日本人参加者を把握するためにも参加しておいたほうがい いと思う。ちなみに、こんな偉そうな口を叩いているが大崎は時差ボケのせいで 今回のOpening Socialは参加していない。これも次回の課題である。  お昼の時間を使って交流を深める集まりも多数開催され、私は「Lunch with a Faculty Mentor 」に参加した。要は、指導教員クラスの研究者1名と若手数名の グループに分かれ、そのグループでご飯を食べに行こうの会である。グループは 研究分野で自動的に振り分けられたらしい。しかし、ここで問題がある。クチキ ゴキブリなんて扱っている研究者は私しかいないのだ。当日行ってみると、鳥を 研究しているグループに振り分けられていて、Robert Curryさんとその知り合い の学生さんと3人でパブに行った。しかし、私にとっては渡りに船。ちょうど鳥 の両親の子育てに絡めてゴキブリ研究に意見をもらいたかったところだったので、 ネイティブ同士の早口の英語に悩まされながらも有意義な時間をもぎ取ることに 成功。しかし、その後数時間、脳みそがオーバーヒートしていたようなのは気の せいだろうか。  さて、ポスターに話を戻そう。ポスターセッションの時間は7日間ある会期の 中でたったの3時間しかない。そしてその3時間が終わったらポスターはすぐに剥 がさなければならないときている。申し込みのときそんな話は聞いていないと憤 慨しても時すでに遅し。口頭発表に比べてポスターは冷遇されているのだろうか。 口頭発表の方が「昨日君の発表聞いたよ!」なんて声をかけてもらえる棚ぼた的 イベントも期待できるようだし、次回は口頭発表に挑戦しようかしらん。しかし 学会発表デビュー以来、一貫してポスターにこだわってきた矜持をそう簡単に捨 ててもいいものか。まあいいか。  ポスターセッションは3日目の18-21時に予定されていたが、時差ボケのせいで 午後はすこぶる眠いと分かっていた。しかし、私はこの3時間のためにはるばる 海を越えてやってきたのだ、ぼうっとした面をぶら下げて突っ立っている訳には いかない。当日は午後の口頭発表を聞かずに昼寝をしなければならなかった。し かし、その作戦が功を奏した。口頭発表を聞けなかった分を補って余りある実り を、ポスターセッションで得ることができたのである。Michal Polakさん、 Scott Sakalukさん、Bob Wongさん、Glauco Machadoさん、など、多数の研究者 に自分の発表を聞いてもらえ、そして「クレイジー!」をいただいたのだ!クチ キゴキブリが配偶時に雌雄で翅を食い合う行動は、他に類似の性的共食いがない。 食い合うだけでも十分に奇怪だが、その後に両親で子育てをすることが、よりこ の奇怪さに拍車をかける。世界の研究者が唸っているのを見て、本当にこの現象 は未知との遭遇なのだという確信を固くした。何より、世界中の研究者に自分の 研究を知ってもらえたこと、そして面白さを伝えられたことがこの上ない収穫だ った。これから論文にすることを伝えられたことで、論文の宣伝にもなった。自 分の発表を聞いてくれた方々には、論文が出たら連絡しようと思っている。海外 の研究者との伝手ができたのも、大きな収穫の一つだ。  ポスターセッション開始すぐは、人が来てもどう声をかけたら良いか分からず、 とりあえず自分がこのポスターの著者だと分かるように何かしなくてはならない と考えた。そこで作戦として知り合いの日本人参加者にお願いし、ポスターの説 明を聞いてもらうことで、自分が著者である空気を醸し出すことに成功。そして まず来てくださったのがScott Sakalukさんである。彼は以前、コオロギのオス が交尾中に自分の翅をメスに食わせる行動を研究していた。「Morrisという人の 似たような研究を知っている」と答えると、「それは僕の指導教員だよ!」とい うことで大いに盛り上がった。また私の指導教員である粕谷英一 さんのことも よく知っていて、お互いの指導教員繋がりで打ち解けることができた。「面白い 研究だからぜひ続けてくれ。そして行動生態学のいい雑誌に投稿するんだよ」と 激励をいただき、なにやら自信が湧いてきた。彼は自信の神だったのかもしれな い。  それからスムーズに回転よく発表していたのだが、途中でスマホを構えた謎の おじさんが現れる。「写真を撮らせてくれ」という。すぐに終わるのだろうと、 説明を中断して撮影に応じたら、何枚も何枚も撮ってなかなか終わらない。その 間に、説明していた相手のMichal Polakさんはどこかへ行ってしまった…。説明 は中断すべきではない。  最後に、同じく参加していた工藤慎一さんの紹介で来てくださったのがGlauco Machadoさん。ブラジルで研究室を挙げてザトウムシを研究しているという。彼 は他の人たちより一歩踏み込んで、こういう実験を組んだらどうか、こういう結 果になったらこう解釈できるのでは、など具体的なアドバイスをくださった。さ すがは工藤さんをして「ライジングスター」と呼ばしめた男である。  しかし、最も驚いたのは、ポスターセッション中にアルコールと軽食が出るこ とだ。酔っ払いが議論するのか、と若干の不安を覚えていたが、杞憂であった。 むしろ潤滑油になって余計に舌が回り、トークが弾むらしい。こんなものが学会 に用意されるところが国内学会との一番の違いだと思う。  発表中にはよく学年を聞かれ、修士だと答えると驚かれた。しかし、外国人の 修士学生が参加しているのは特に珍しいことではないので、おそらく日本人学生 は少ない、という意味だったのではないかと思う。実際に参加して、ISBEは多様 な行動生態学者が集まる学会であることが身を以て感じられたので、どんな研究 テーマの人も行けば必ず収穫があると思う。憧れのあの研究者に会えるかも。迷 ったならぜひ参加してみてほしい。今回、私は所属研究室から他に一緒に参加す るメンバーがいない、いわゆる「単身」参加だったが、現地では思っていたより もたくさんの日本人参加者に出会える。もし知り合いでなくても、周囲が外国人 だらけなら日本人同士自ずと距離が縮まるし、国内学会では出会うことのない研 究者と知り合える良い機会でもある。単身参加になるからと恐るるなかれ。経験 に勝るものはないと私は思う。  次回のISBEは2020年9月にオーストラリア、メルボルンでの開催である。 ****** end of Japan Ethological Society MailNews (265) **********